研究内容
不安定核をプローブとする物質科学研究
物質中の不安定核から放出される放射線は、その物質に関する原子レベルの情報を与えてくれます。本研究室では以下のような放射線を利用する分光法を中心として金属酸化物、磁性体、半導体などの固体物性を研究しています。
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γ線摂動角相関法 (PAC)
不安定な原子核の中には,励起準位からγ線を放出して準安定な中間準位にしばらく(数100ns)留まった後、もう1本γ線を放出してさらにエネルギーの低い準位に移るγ壊変(カスケード壊変)をするものがあります(図1)。 2つのγ線の間には角度に関する相関関係があり、これを角相関(Angular Correlation) といいます。 中間準位状態にある原子核に核外場が作用すると、角相関はその外場に応じて時間変動します(図2a)。 これを摂動角相関(Perturbed Angular Correlation,PAC )と呼びます。物質中の原子核に加えられる外場とは, 周りの電子状態や隣接する原子核による電場、磁場(超微細場)であり、PAC法は、メスバウアー分光法などと同様に、その核の属する原子や近接する原子の電子状態や物質の局所構造を探ることができます(図2b、図3)。
メスバウアー分光法では試料を線源にすることは一般的ではありませんが、PACでは必ず試料が線源となります。そのため、放射性核を試料に導入する必要があります。メスバウアー分光法では試料は固体状態に限られますが、PACではそのような制限はなく液体状態でも測定が出来ます。
また、γ線は透過力が高く、極微量の放射性プローブ核(約10の10乗個から10の12乗個、ホスト物質の原子数に対してpptオーダー)のみで高感度な測定が行えます。ホスト物質中にほんの少ししか含まれていない不純物に関する情報を調べたい場合、この特徴は大きな強みとなります。加えて、測定において外部磁場の印加を必要としないので試料の状態を変えることなく観察することができます。
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陽電子消滅寿命分光法(PALS)
半導体などの物性に影響を与え得る原子空孔などの空孔型欠陥の状態を観測する手法の一つとして、陽電子消滅寿命分光法 ( Positron Annihilation Lifetime Spectroscopy, PALS ) があります。この手法は電子の反物質である陽電子が生成してから物質中で対消滅するまでの時間を測定します。陽電子線源として、22Naが一般的に用いられており、図1に示すように22Naはβ+壊変と脱励起を経て、安定核である22Neに壊変します。中間状態である22Neの励起状態は、その半減期が3.63 × 10−12秒と極めて短いため、β+壊変と脱励起がほぼ同時に起こるとみなせます。これにより、脱励起の際に放出される1,275 keVの γ線を検出したタイミングを陽電子が生成した時刻とすることができます。また、陽電子が消滅する時刻は試料中の電子と対消滅する際に放出される511 keVの消滅γ線を検出したタイミングとします。これらの信号の時間差を測定することにより図2に示されるような時間スペクトルが得られます。このスペクトルを成分分解することにより、各成分の陽電子寿命を求めることができます。陽電子寿命は試料内部の微細構造に依存しており、空孔体積が大きくなると陽電子と電子の衝突確率が低くなるため、その寿命は長くなります( 図3 )。この分光法の特徴として、非破壊で測定できる点やイオン性の化合物に関しては陽イオンの空孔を特異的に観測できる点が挙げられます。これにより、物質中の希薄な空孔型欠陥の存在状態や熱的挙動などを微視的な観点から調査することができます。
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メスバウアー分光法
γ線放出核種から放出されたγ線は、同一の原子核によって共鳴吸収されると、励起準位へと遷移されます。これをメスバウアー効果といい、メスバウアー効果を利用した測定法をメスバウアー分光法といいます。メスバウアー分光法は主にFeを含む化合物に用いられるため、以降Feについて説明します(図1参照)。
試料中の57Feは周辺の環境に影響されるため、線源(基準物質)中の57Fe(←57Co)と試料中の57Fe原子核のエネルギー準位はわずかに異なります。このエネルギー準位のずれを補うために線源を揺らしてドップラー効果を生じさせることで14.4 keVのγ線のエネルギーを変動させています(図2 (a)参照)。 共鳴吸収が生じた速度から57Feの価数、57Fe核位置での電場勾配の大きさ、また、内部磁場(図3)などに関する情報が得られます。当研究室では、メスバウアー分光法を用いたコンドライト隕石の研究を行っています。コンドライト隕石中のFeを通して隕石中の鉱物組成を原子レベルで調べることで、太陽系生成時の母天体の環境や風化の程度を知ることができます。
試料自体を線源とし、基準物質にγ線を共鳴吸収させるメスバウアー分光法による測定を行うこともあります(図2(b), 4参照)。これを発光メスバウアー分光法といいます。この測定法では、放射性核種を試料にドープすることでドープした核種の局所的な情報を直接知ることができます。当研究室では、CoとMnを共ドープしたZnO試料に57Coをドープし、Co位置での局所磁性の発現の有無を調べています。この試料は希薄磁性半導体としてスピントロニクスへの応用が期待されており、世界中で研究が行われています。